1月も末となりましたが、新年明けましておめでとうございます。本年も当コラムを宜しくお願い致します。

2014年と言いますと、2004年に orkut、Facebook、mixi が登場してから10年という節目になります。私の場合、古巣である慶應 SFC 村井研究室のメンバーでは IT インフラ業界から Web・SNS 業界へと転籍した少数派となります。毎日のように何らかのコラムで「○○の時代」「次の流行は○○」「○○はオワコン」などと語られている昨今ですが、今回は IT 革命で IT インフラ業界が潤っていた2000年頃から昨今の SNS の台頭に至るまでを新規業界の勃興と栄枯盛衰について、当事者目線で反省を交えながらお話ししたいと思います。

IT 革命の最中だった2000年。この頃はそれまで主流だったダイアルアップ接続から ISDN が始まりやがて続く ADSL、光ファイバーへと広帯域・常時接続をテーマにラストワンマイルと呼ばれていたインフラが特に大きく動いた時期でした。当時、日本のインターネットの原点である WIDE プロジェクトにあった大きな潮流の一つとして自動車や家電を IP 接続する動きがありました。「とにかく目につくものをインターネット接続したい」と教授陣が授業や講演で息巻いて居られた姿を思い出します。2000年前半までの IT 業界は IP を用いて機器を相互接続した時代だったとまとめられると考えます。

2004年、Facebook、mixi が始まり SNS 時代の幕開けとなります。当時私が居たグループのスタンスとしては、SNS の流行に対して極めて冷ややかな態度を取っていました。当時我々が夢中になっていた議論は、「世界のインターネットのトラフィックが FTP から HTTP、そして P2P と推移してきた。次のキラーアプリケーションは何か?」というものでした。技術的に言うとポート番号中心の議論であり、ユーザーの行動や嗜好に基づいた議論というのは特にありませんでした。そのため若年層の研究者が SNS をプライベートで利用することがあっても、HTTP の上で「小洒落た会員制 BBS」である SNS が注目を集め始めていても、さして気にとめることはありませんでした。しかしこの SNS こそが、機材と機材を繋げることが目的だった時代から、人と人が繋がることが目的の時代へと移り始めた起点だったのです。

このポート番号ベースの認識を改めざるを得なかったのは、2006年の YouTube の登場でした。特にトラフィック計測をしていたグループと、ビデオストリーミングを研究対象としていた私のグループでは青くなりました。何せ HTTP と同じポート番号でビデオストリーミングが始まったのですから。ポート番号ベースで考えていたキラーアプリケーションは、いつしか HTTP の上で展開されるアプリケーションの話題にシフトしていったのです。Web2.0 がバズワードとなっていたのもこの頃でした。

2007年「iPhone」、翌2008年「iPhone 3G」を皮切りに時代はスマートフォンへとシフトしていきます。Instagram や foursquare など、カメラや GPS、各種センサーを利用したアプリケーションが登場し今に至ります。忘れては行けないポイントとして、流行しているアプリケーションの多くが、何かしらの SNS 連携をコアの機能として取り入れているということがあります。既にできあがっている人の輪に対し、アプリケーション利用をポストさせ広めていくという手法が安価に展開できる集客手法としてでてきたわけです。

2012年、従来の SNS ビジネスの流れが「SNS を作る」という人と人との輪を繋げるものだったのに対し、既存の人の輪を利用したサービスを展開する動きが徐々に登場し始めました。SNS の投稿をベースに友人・知人から趣味趣向の傾向をあぶり出すキュレーションサービス、多くの人数が集まっていることが大前提となるクラウドソーシングやクラウドファンディングなどがその一例となります。弊社で展開している Omiai もこちらに分類されます。Omiai では従来の「友達に広める」という SNS の使い方ではなく、「友達に知られずに恋活をしたい」というニーズに対して、SNS の輪を検索の除外リストとして取り扱うことでプライバシーを担保するというアプローチを用いています。このように既に SNS 上で構築された人の輪を利用・応用する手法というのがトレンドと言えるでしょう。

SNS の10年と IT 業界の流行を IT 革命当時を反省しながら振り返る
SNS の10年と IT 業界の流行

上記で述べたことがらを、主立った製品・サービスと共に図示してみました。物理線から、コンピュータとコンピュータを繋ぐ時代へ、そして人と人を繋ぐ時代へ流れてきていると考えられます。一つの大きな特徴として、図内の矢印の階層が下に行けば行くほど、LTE のような広帯域移動通信や LINE といったごく一部例外を除き、上位層ができた後からの新規参入がしにくいとも言えます。次に IP 網に着目をし、IT 業界の流行と栄枯盛衰について掘り下げていきましょう。

2000年前半までの当時、私の在籍していたアカデミック IT インフラ業界はまさに図内の IP 網に位置していましたが、「機材も技術も発展し、更新され続けるものなので潤い続けるのだ」という温度感が確かにありました。IPv4 が浸透し IPv6 にしっかりとバトンが渡った後の IPv10 の議論を始める必要があるのではないかとか、そもそも IP ではない全く別の通信方式についての議論もありましたし、パケット交換方式から回線交換方式への回帰論もありました。当時はダイアルアップ・ISDN から DSL や光ファイバーへ、有線 LAN から 802.11b を経て 802.11a/g、第2世代移動通信システムから第3世代移動通信システムへなどと技術的に優れたものへと自然とユーザーがシフトしたため、インフラの技術更新も自然と発生しました。言うなればインターネットは技術屋さん主導で進化していたので、そうした議論は健全なものだったのです。

2000年当時の未来予測を例に出しましょう。我々のグループでは TV 放送をインターネットに載せるにはどうすれば良いかという議論を熱心に行っていました。例えばラストワンマイルと呼ばれていた家庭へ提供されるネットワーク帯域幅については、下記のような議論がなされていました。

・1本の NTSC 品質のビデオストリーミングを送信するには約 30Mbps の帯域が必要だ
・人間はチャンネルザッピング(切替)を行うため、快適な TV 視聴を実現するためには最低でも既存で受信出来ている放送局の数だけはネットワーク帯域幅を確保しなければならない(東京では 30Mbps * 7局)
・一家庭にテレビ受像器は1台とは限らない、3台くらいは見ておく必要がある
・ISP を跨がってサービスすることを考えると、マルチキャストではなくユニキャストにせざるを得ないだろう

こうしたことから全家庭には実行速度 1Gbps の接続環境が最低でも必要だ、と主張していたのです。しかし実際には2014年現在、1Gbps の家庭へのネットワーク接続はほぼ普及していませんし、ISP の地域網も耐えられないでしょう。ビデオストリーミングに関して言えば 1.5Mbps 程度でハイビジョン放送が提供できるようになったことが大きいのですが、もっと言うと 1Gbps のネットワーク接続を追い金してまで消費者が求めなかった、家庭での接続は十数 Mbps あれば十分だった、消費者の興味は 3G や LTE など移動体通信に向かっていったなどという現実があったのです。こうして「機材も技術も発展し、更新され続けるものなので潤い続けるのだ」という当時の見込みは当たらず、移動体通信などの一部技術を除いて IT 革命は収束していったのでした。この辺りのトレンドを見誤ると私のように仕分けられたりするのですが、事業仕分けを巡る悲喜こもごもは需要があれば話しましょう。

2014年、SNS 10周年を迎えて振り返ってみると、この10年は消費者という意味での一般ユーザーが主体となった10年だったと考えられます。米国では軍事ネットワークとして、日本では学術ネットワークとして始まったインターネットは、IT 革命までは技術屋主導で進化し「技術的に優れているもの」が売れていきました。しかし常時接続を経て SNS で消費者がしっかりとインターネットの利用者として参加してからは、消費者の購買意欲に繋がらない技術は廃れてしまうという“インターネットの一般化”が始まったのです。SNS と言ってしまうと10年が経過した一つの枯れた技術用語に聞こえてしまいますが、「人と人との繋がり」と表現すると未来永劫人間社会が続く限りは無くならないものを指すわけです。IT 業界のこの10年は人と人とを繋ぎ始めた10年でした。最終的なユーザーが人である限り、人と人とを繋ぐ SNS は形や運営会社が変わることはあれども無くなることはないと私は考えます。

最後になりましたが、特に IT 業界の潮流を見誤る原因で何よりも大きなことは「新サービスが勃興したときに軽視する」ということです。2014年も潮流や新サービスに注視しつつ、自社サービスの更なる発展を目指していく所存です。

執筆:株式会社ネットマーケティング 久松 剛
記事提供:株式会社ネットマーケティング