クラウドの対義語としてオンプレミスがあります。私は元々オンプレミス環境にどっぷりと浸かった学術系の出身でした。入社後ほどなくして Omiai は老舗クラウドである AWS(Amazon Web Services)へ移行しました。私の入社前より、オンプレミス環境から AWS に移行する方向性は決まっていたのですが、Omiai にインフラエンジニアが(今でもですが)私しか居なかったこともあり、当時の私の反応としては「今のぼろぼろなオンプレミス環境よりはマシですよ、きっと」くらいのものでした。

その後クラウドの考え方や AWS について学び、設計し、2人月(人数×月、プロジェクトの工数[規模]をはかる単位)に移行してから10か月が経過しました。クラウド移行に関する感想も方々で聞かれるようになりましたが、一方で古くからのオンプレミス環境のエンジニアからは、クラウドに対する“ある種の偏見を潜在的に抱いていること”が感じ取られることが多々あります。クラウド導入の是非について触れる前に、2006年にクラウドという言葉が登場してから7年以上過ぎすっかり定着した今、どういうものなのかを改めて考えてみたいと思います。

技術的に新しい用語を使ってアピールしていかないとユーザーにリーチしにくい IT ビジネス業界と同様に、IT 学術業界も著名学会への論文採録や研究予算獲得のためには、ある程度時流に乗った『キャッチーな言葉』を取り入れないと採択されにくいという側面があります。

国内外の学会でクラウドの文字が現れ始めたのは2009年頃。例えば世界最高峰の学会に、INFOCOM という学術インターネットのトレンドを追うのに一つの指標となるものがあります。その INFOCOM テクニカルプログラムに Cloud computing が登場したのが2010年。翌2011年、同テクニカルプログラムには Cloud and Network Management 、Cloud/Grid computing  and networks の2つのテーマで合計3スロットが登場しました。

2010年当時、クラウドがバズワードなのか時代の大きな潮流かを見極めるのは非常に困難でした。当時私の所属していた次世代インターネットをテーマとしていた研究グループでは『クラウドはバズワードであり、一過性のブームと思われるから触れないとウケが良くないが、技術的な観点からすると力を入れて取り組む必要はないであろう』と結論づけていました。当時は Grid Computing が並列に表記されていたことから価値や新しさを見出すことは困難でしたし、クラウドの一例として挙げられる ASP のような発想が昔からあったことから、言葉の言い直しのような印象を強く受けました。

しかし、我々の予想に反して INFOCOM 2012 は5スロット、2013は8スロットまで増えると共に、スロット名から Grid の文字は消え、確固たる技術分野となっていったのでした。当初私たちが懸念したような一過性のバズワードではなく、しっかりと世間に定着したクラウドですが、そもそもその実体は、何か簡潔に表現しようとすると、名前の通り雲のようにモヤモヤとしています。

クラウドという言葉はインターネット経由でソフトウェアを提供する SaaS、Google Apps のようにインターネット経由でソフトウェアを実行し結果を返すPaaS、AWS のようにインターネットを経由してハードウェアやネットワークを提供する IaaS の3タイプのサービスが構成要素として一般的に提議されています。

この中から一例として IaaS を取り上げてみましょう。元来 IaaS は、ハードウェアやネットワークの仮想化により大勢で計算機資源を分け合うことで、安価にサービスをユーザーに提供するところが売りでした。そして後に、パブリッククラウドと呼ばれるこの形態を多くのユーザーが様々な用途で利用しはじめると、機密情報取扱の観点から企業内で仮想環境を用いてクラウド環境を自前で構築するプライベートクラウドが登場します。

AWS の場合であれば、セキュリティリスク排除の観点や高い計算機処理能力維持のためにハードウェアを専有する Dedicated Instance というものが2011年に登場。更にはパブリッククラウドについて VPN などを使うことでプライベートクラウドのように利用する折衷案的なバーチャルプライベートクラウドが登場します。また、近年普及が著しいスマートフォン連携を重視した個人向けのパーソナルクラウドも人気を博しています。

パブリッククラウドに焦点を当てるとオンプレミス環境と区分することができたクラウドも、プライベートクラウドなどを交えて考えるとオンプレミス環境を取り込んだ存在とも言え、非常に分かりにくくなります。これに加え、IaaS に限らず、現在クラウドを名乗るサービスの中には SaaS、PaaS のどこかにキーワードが擦っている程度でクラウドと名乗るソリューションも数多く存在しています。また、どう贔屓目に見ても90年代から続く伝統的レンタルサーバにしか見えない IaaS クラウドサービスもあります。つまるところクラウドには真っ当な思想をもったソリューションも勿論ありますが、キャッチーな用語に飢えたあらゆるインフラ業界関係者の思惑が複雑に絡み合った魑魅魍魎となっています。

IT 革命黎明期には IT 長者を夢見て数多くの ISP やホスティング業者が登場しました。様々な人たちが参入した結果、多くはやがて価格競争や機材更新に追われるように淘汰されていったという経緯がありました。現在の猫も杓子もクラウドと名乗る言葉の膨らみの方は、その当時を思い出させます。

近い将来、クラウドをうまく掴みきれなかった自称クラウドサービスは文字通り雲散するでしょう。多くの場合、特にパブリッククラウドでは自社でデータやサービスを抱きかかえるのではなく、業者に委託する形になりますので選択肢によってはサービスの継続性に対するリスクとして存在しえます。クラウド導入の検討時には漫然とクラウドを選ぶかどうかではなく、何に比重を置いてオンプレミス環境ではなくクラウド環境を選択するのか、どのソリューションをどういった理由で選択するのかを、技術的な側面やコスト面だけでなく概念的にも入念に考える必要があります。

次回からは IaaS に対象を絞り、弊社 Omiai での移行経験を元にクラウド(AWS)導入によるメリット、デメリットをお話ししたいと思います。

執筆:株式会社ネットマーケティング 久松 剛
記事提供:株式会社ネットマーケティング