中国でビジネスをしていると、企業間のやり取りで相手の会社の代表番号に電話を掛けることは、日本と比べて極端に少ないと感じます。固定電話同士のやり取りが全く無いとは言いませんが、通話の多くは携帯電話同士です。もらう名刺のほぼ全てには携帯電話番号が入っており、日本ではいきなり携帯電話に連絡するのは躊躇しますが、中国では次回からの連絡は相手の携帯電話に直接かけても失礼にはあたりません。筆者も、今後連絡を取りつづけるだろうという相手の携帯電話番号は、名刺交換を終えたら早めにアドレス帳に登録するのが習慣になりました。

中国では日本と比べて転職回数も多く、メールアドレスや会社の電話番号では連絡がつかなくなってしまうことも背景にあります。「いまだに昔からの電話番号を使う必要があって」との理由で、中国移動の 2G の SIM カードを入れた iPhone を持っている人も見かけます(iPhone は、中国移動の 3G に対応していない)。日本のような携帯電話番号のポータビリティは中国に無いため、契約する通信キャリアを変えてしまうと電話番号は変わってしまうのです。つまり、中国の人と人との結びつきは、携帯電話番号を通じて作られた関係によって成り立ってきているとも言えます。

この人間の結びつきに関する情報を得られれば、企業にとってはマーケティングや情報配信に大いに役立ちます。Facebook や LinkedIn などの SNS は、このソーシャルグラフと呼ばれる人間の結びつきの情報を持つことで広告ビジネスなどの展開を推し進めてきました。

一方、中国のソーシャルグラフは、当初は中国版 Facebook とも言われた人人網が獲るのかと思いきや、人人網のアクティブユーザーは筆者の周辺を見渡しても決して高くなく、人人網を併用することはあっても、それだけを使ったマーケティング展開を見ることは2012年後半以降、徐々に減ってきている印象です。こうした背景には、モバイルより PC 経由でのアクセスを中心に作り込んできた人人網にとって、ユーザーのアクティブ率を上げられていない点があるとの指摘も聞かれます。

このほか、新浪微博などのミニブログ(微博)も実名制と匿名性の狭間で揺れ続け、中国において完全なソーシャルグラフを形成するプラットフォームにはなり得ていません。その隙間に入り込んだのが、Tencent が2011年に始めたメッセンジャーアプリである微信(英語名:WeChat)でした。日本では LINE、韓国では Kakao Talk、英語圏では WhatsApp と Facebook Messenger などがそれぞれ高いアクティブ率を確保していますが、微信は中国を中心に3億人以上のユーザーを集めるまでに至っています。

微信の機能説明などは他の記事に任せるとして、筆者が注目しているのは微信が中国人のソーシャルグラフを獲得する仕組みを取り入れた点です。微信をインストールしてアカウントを登録すると、自分の携帯電話のアドレス帳との照合を行うかどうかを尋ねられます。これをしないと他の人と繋がることが面倒なため、どうしても特定の人としか繋がりたくない場合を除けば多くの人が照合を許可するでしょう。Android アプリで流行っている、ユーザーのアドレス帳に不正にアクセスをするような詐欺アプリを除けば、ユーザーの抵抗感が低いまま(しかも、最初に微信に登録してアドレス帳との照合を許可したときには何が起きるかが想像し難いまま)、アドレス帳の情報を吸い取る方法としては最も合理的だといえるかもしれません。今まで「門外不出」だった中国人の携帯電話の中にあるアドレス帳を、微信を通じていとも簡単に Tencent は吸い出すことに成功したわけです。

微信のスマートフォンアプリ画面 携帯のアドレス帳から連絡先を読み込む確認の画面
微信のスマートフォンアプリ画面。左は、アプリ中で友達を追加する画面。
右は、携帯のアドレス帳から連絡先を読み込む確認の画面

また、微信に対抗するような規模に育ったメッセンジャーアプリは今のところ中国の中からは現れてきていません。中国ローカルでは、愛聊(iicall)や、中国電信の翼聊などが無料の SMS とうたっていたり、中国でも LINE が少しずつ浸透していたりすることを感じさせられたりしていますが、微信ほどの普及度ではありません。ユーザーが3つ、4つとの複数のメッセンジャーアプリを使い分けることは難しいだろうと考えると、普及が早かった微信の存在は当面は揺るがないものになりそうです。

今のところ、微信を運営する Tencent が、こうしてアドレス帳の情報からソーシャルグラフを集めた後、具体的にどのような動きを考えているかは表には見えてきていません。LINE や Kakao Talk の流れを見れば、いずれかのタイミングでの微信をプラットフォームにした事業展開を始めることは十分に考えられます。直近の報道ではまだオープン化をする流れには無いとの情報も聞かれますが、今まで中国では誰も手にしたことがなかった「携帯電話で繋がる中国人のソーシャルグラフ」を手に入れた Tencent にとって、このまま宝の持ち腐れとするはずはないでしょう。微信の上に投じる次の一手はゲームなのか、アプリなのか、注目されます。

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2011年4月から開始した本コラムは、今回をもって連載を終了させていただくことになりました。中国・台湾のインターネットビジネスの最新事情をお伝えしたいと思いはじめた本連載でしたが、Twitter や Facebook 経由を含め、多くの皆様から応援の声を頂くことで2年間続けることができました。ありがとうございました。

執筆:株式会社クララオンライン 家本賢太郎
記事提供:株式会社クララオンライン