ディー・エヌ・エー(DeNA)やグリーなどソーシャルメディア事業を展開する日本企業が昨年、カナダのブリティッシュ・コロンビア州最大の都市バンクーバーに現地法人を設立した。また、そのほか多くの日本企業がバンクーバーを拠点にした北米展開を予定・検討しているのだという。

多くの大都市が点在する北米地域において、バンクーバーが拠点として選ばれる理由とは何か。在日カナダ ブリティッシュ・コロンビア州政府事務所のシニアマネージャー・水澤 一郎氏に話を伺った。

在日カナダ ブリティッシュ・コロンビア州政府事務所のシニアマネージャー・水澤 一郎氏
在日カナダ ブリティッシュ・コロンビア州政府事務所のシニアマネージャー・水澤 一郎氏

ブリティッシュ・コロンビア州は、世界中から1,100を超えるデジタルメディア関連企業が集積し、一大デジタルメディア産業の拠点として拡大。雇用者は約2万2,000人にのぼり、年間33億ドルの利益を生み出しているという。バンクーバーにおいては、EA(Electronic Arts)や Disney Interactive(Club Penguin)、Pixar、Microsoft など大手企業が軒を連ねる。さらに今回、DeNA やグリーが進出することにより、日本企業の北米展開の足掛かりとしても注目を集めている。

これまで北米展開の拠点と言えば、アメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーが代表的であったが、ブリティッシュ・コロンビア州では独自の取り組みや政策により、北米展開を試みる企業を惹きつけているようだ。そこで、北米展開をスタートアップしたい企業に注目されているポイントについて、語ってもらった。

■暮らしとビジネス、双方にとって理想的な地理環境

ブリティッシュ・コロンビア州の魅力のひとつは、地理的な環境が整っている点だ。

特にバンクーバーは、安定性や医療、文化、環境、教育、インフラの良さが評価され、雑誌「The Economist」で毎年発表される最も住みやすい都市「most livable cities」のひとつにいくども選ばれるほど。そのことに加え、移民を積極的に受け入れていることから、世界中の国や地域からさまざまなバックグラウンドを持つ人々が集まりやすく、多言語を話せる人材も豊富だ。気候は、冬でもマイナスの気温になることは少なく、夏は過ごしやすい気温でレジャーを楽しむのにも最適だという。

またバンクーバーは、北アメリカ大陸の中でも西海岸に位置し、時間帯はアメリカ・カリフォルニア州や同・ワシントン州と同じ。日本との時差は、冬時間だとマイナス17時間で、例えば日本が午前9時の場合、現地は午後4時となることから、日本と現地とのビジネスアワーの相性も良く、メールのやり取りやミーティングの設定がしやすいという利点がある。「もし東海岸であれば、日本とビジネスアワーが重なりにくいため、余分なスタッフを配置しなければならない。だが西海岸に位置するバンクーバーであれば、その分の人件費とタイムロスを削減できる」(水澤氏)。

さらに、アメリカへの距離も近く、アメリカ・サンフランシスコには飛行機で約2時間。そのほか、国際便が豊富であることから世界中の国々へ容易にアクセス可能だ。加えて、カナダのカントリーリスクは、信用格付け会社 Moody's の評価によると、最高ランク AAA(トリプルA)であり、現地企業が負うリスクへの不安も少ないという。

バンクーバー ダウンタウンの街並み(C)Tourism British Columbia/Tom Ryan
バンクーバー ダウンタウンの街並み(C)Tourism British Columbia/Tom Ryan

■産官学の連携で即戦力を育てる


また水澤氏は、「ブリティッシュ・コロンビア州のデジタルメディア産業の特長のひとつは、人材の豊富さ」だと語る。その土台となっているのは、教育機関や研究センターで提供されるデジタルメディアに特化した専門的な教育プログラムだ。

ブリティッシュ・コロンビア大学のキャンパス (C)Tourism British Columbia
    ブリティッシュ・コロンビア大学のキャンパス
(C)Tourism British Columbia
例えば、4大学(ブリティッシュ・コロンビア大学、サイモンフレーザー大学、エミリーカー美術デザイン大学、ブリティッシュ・コロンビア工科大学)が共同で運営する大学院専門大学「センター・フォー・デジタルメディア」では、生徒がチームを作りプロジェクトを進めていくといった実践的な教育プログラムが提供されている。このほか主な教育機関の多くがデジタルメディア産業と関連しており、最先端の研究施設、教育、研究サービスを民間セクターに提供。実に毎年約3,000名の学生が高等教育を受け、デジタルメディア業界に就職するという。

 
だが、教育機関だけが充実していても、受け皿となる企業に生徒が就職できなければ意味がない。教育機関では、企業の現場の人間が実際に教えることで、即戦力となる人材の育成に努めている。「日本では採用後に育てていくというところがあるが、ブリティッシュ・コロンビア州では教育機関でなるべくスキルを磨く。そうすると生徒にとっても就職後の給料が変わってくるということもあり、教育機関と企業の間で良い人材の循環が生まれる」(水澤氏)。

■企業進出をサポートする税制度

さらに、税制度の面において政府のサポート体制も整備されている。

ブリティッシュ・コロンビア州の税率は、北米でも最低の税率となっており、例えば同州の投資家および州内で起業した企業の連邦法人税率と州法人税率の合計は25%と、G7 諸国(日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)の中で最も低い税率が採用されている。さらにアメリカ各州と比較しても低い水準となり、企業にとって経済的負担が比較的少ない。

そのほか、カナダおよびブリティッシュ・コロンビア州では、税額控除や課税免除などの優遇制度を設けており、事業投資とイノベーションを奨励している。例えば同州では、映画制作やゲーム開発など特定の産業を対象とした、「BC 映画優遇制度」や「ブリティッシュ・コロンビア制作サービス税額控除」などさまざまな優遇制度も用意している。

BC 映画優遇制度では、基本控除として、適正な人件費の35%の税額を控除(ただし、制作費全体の60%が上限)」し、デジタル・アニメーションまたはビジュアルエフェクト業務についても、適正な人件費に対する17.5%の税額を控除する。また、ブリティッシュ・コロンビア制作サービス税額控除では、制作サービス控除として適正な人件費の33%を税額控除するなどしており、企業の税負担を軽減することで、人材確保や事業拡大が容易にできる環境を整えているのだ。

また、ブリティッシュ・コロンビア州政府は、実際に現地で事業展開する前の企業に対するサポートにも力を入れている。具体的には、「インベストメント・サービス」という部門があり、税や法律、労務などを相談できる機関を紹介する。また、現地駐在員を派遣する際のワークパーミット(労働許可証)が比較的下りやすいのも特徴だという。

「バンクーバーの魅力は総合力が高いことだ。産学官が連携して形成されるクラスター、暮らしとビジネスに適した環境、アメリカ西海岸の各州と同じ時間帯で活動可能な点などを踏まえると、バンクーバーエリアはまだまだ競争力がある」(水澤氏)。

■バンクーバーを、北米進出のゲートウェイに


水澤氏の話を聞いて印象に残ったのは、ブリティッシュ・コロンビア州が企業に北米展開の“場”を提供するだけでなく、ここからさらに他の北米地域や世界に展開しようとしている企業を“育てたい”という想いと、それを実現するための環境づくり、制度づくりを州政府が主導で行っているという点だ。

水澤氏も、「シリコンバレーでスタートアップするためには、厳しい競争を勝ち抜く覚悟が求められる。“戦場”といってもいいだろう。一方、バンクーバーが提供するビジネス環境は、どんな企業でもじっくりとビジネスの土台を作ることができるという“懐の深さ”が特徴だ」と語る。

ひとことで北米展開と言っても、それは容易に成功できるものではない。人材の確保、マーケットリサーチ、組織作りなど、時間と労力をかけた準備をしなければ、日本でどんなに成功していても海外で同じ成功を収めることはできない。その足掛かりにするには、しっかりと根を下ろしてビジネスを作り出すための環境が不可欠なのだ。

「北米へのゲートウェイとして、バンクーバーは魅力的な街だ。企業を設立して、3年、5年と経験と実績を積んでほしい。ビジネスの土台ができれば、そのままバンクーバーでビジネスを拡大していくことや、他の街に拠点を移すこと、シリコンバレーに進出することなどさまざまな選択肢が広がる」(水澤氏)。

水澤氏が望んでいるのは、多くの日本企業の海外での成功だ。そのためには、在日カナダ ブリティッシュ・コロンビア州政府事務所も全面的に企業を支援するとしている。Web サイトを通じた情報発信も積極的だ。

「北米展開を考えている多くの企業のお話を聞き、ブリティッシュ・コロンビア州の強みを直接説明したい。また、現地で業界団体から話を聞くといった視察も可能だ。実際に現地を視察し、魅力を感じてもらえれば、そこでビジネスを立ち上げるイメージが生まれるはずだ。敷居が高い“政府の事務所”というイメージを持たずに、気軽に扉を開けてほしい」(水澤氏)。

「北米へのゲートウェイとして、バンクーバーは魅力的な街」と語る水澤氏
「北米へのゲートウェイとして、バンクーバーは魅力的な街」と語る水澤氏