“記憶に残るデザイン”の作り方―WOW 鹿野護の UI・デザイン論(第2回)

第1回の続き

世界観の構築が、UI をはじめあらゆるデザインの最終目標であるべきという鹿野氏。世界観を構成するものとしての「美しい表現」の背後には、必ず「美しい構造」が隠されているという。デザイナーの仕事とはその構造を作ること。一歩引いた視点で物事を考えられるかどうかで、アウトプットの質は変わる―。

■「偶然性」― 人の記憶に残る UI/UX を作るためのキーワード

―“世界観を構築する”ことが、UI に限らず、“あらゆるデザイン”に求められている?

ええ。iPhone アプリでも一回使ったきりで忘れているものって、いっぱいあると思うんですよ。狭義の UI・UX といった視点や、ユーザーリサーチといった工学的なデザインからだけでは、なかなか「人の記憶に残ったり、感動するもの」は生まれにくい。WOW に求められているのは、そこにプラス“エモーショナル”だったり、“情緒的”だったりする世界観を創りだすことと思っている面があるので、積極的に取り組んでいる部分と言えるかも知れません。

―たしかに、「一回しか使ってないアプリやサービス」は多いです(笑)。そして「もう一回使いたい」という想いや、何か“人の記憶に残る”ような体験を生みだすために、鹿野さんたちが意識していることって、何か具体的にあるのでしょうか?

「偶然性」は、ひとつの重要なキーワードだと思います。これは映像やインスタレーションでも同じことが言えるのですが、自分が「こうなるだろう」と感じるものを予測通りに進めながらも“ちょっと裏切る感覚”が大切なのかなと思っています。私たちがつくる iPad・iPhone アプリケーションのほとんどは、この“偶然性”をテーマにしています。

WOW の手がけた「addLib」というアプリを例にすると、これは撮影した写真から多種多様なレイアウトを生成してポスターを生みだします。どんどん自動的にグラフィック作品が生成されていくわけですが、そのパターンはグラフィックデザインの歴史の中で、用いられた手法を組み合わせて作られています。確固たる理論やアルゴリズムを使って“偶然性”を生みだしている作品だと言えます。

■美しい表現の背後には、美しい構造が隠されている

―体験としての「偶然性」を生みだすためには、その背後に周到な計算が必要になってくるんですね。

そうですね。美しい表現の背後には、美しい構造が隠されています。我々は、外部の見栄えが良いデザインというものは、磨きこまれたコンセプト、矛盾のないシステム構造から、自然に導き出されると考えています。なので、こうなってくると、もはや“GUI の設計”という観点を超えて、サービスとか世界観全体を考えることにもなってくる。

そんな意味でも「UI とはこうだ」「UX とはこうである」といった視点から“一歩引いて物事を考える”ことは、大切なんじゃないかと思います。そして、この作品に関して言えば“偶然性”だけではなくて偶然が生みだしたパターンの中から、最終的に人間がひとつをチョイスするところがポイントです。工学や方法論に支えられた偶然性の先に、“人の審美眼による選択”が設定されている仕組みが面白いのではないか。そう思って制作した作品ですね。

― 一般的に UI と UX って並べて語られることが多いと思いますが、今のお話を聞いて“体験”は非常に大きなもので、“UI”とはその実現のためのパーツみたいなものなのかな?と、感じました。

美しい表現の背後には、美しい構造が隠されている
どちらも、非常に曖昧な言葉ですよね。もちろん、UI や UX を専門的に研究し、最適な解を導き出すのは非常に重要なことだと思います。

しかし我々は、表現者の立場としてデザインをする際に「記憶に残る」という点を重要視しているので、「もう一度見てみたい、使ってみたい」と感じられるようなデザインを目指しています。

―なるほど。その際に“偶然性”が、ひとつのキーワードになってくる。その他にも、なにか「記憶に残る体験」を生みだす“ヒントみたいなもの”はありますか?

…「一回性」でしょうか。最近、「電子書籍」をよく読んでいるのですが、その際に逆に「紙の本」というインターフェイスがもつ、パワーや魅力を強く感じるようになりました。電気を使わないとか物理的に存在するといった特徴は分かりやすい部分としてあるのですが、もうひとつ決定的に違うのは“検索ができないこと”ではないでしょうか。

パッと検索できないからこそ、今読んでいる1行はもしかしたら2度と辿りつけない1行になるかも知れないという、潜在的な感覚が発生します。その意識が、体験をまったく異なるものに変えてしまう可能性があると感じます。インスタレーションでもそうですが、「一回だけの展示」と「数年間、毎日見られる展示」では、そこで得られる体験が違ってきます。他にも“この人とはもう出会えない”という別れであったり、一回性がもつ機能は、人の感情に大きく働きかけるものじゃないだろうかと思っています。

―アートインスタレーションなども手がける、鹿野さんだからこその視点ですね。

そうですね。展示をやって感じるのは、複製されて無限に生みだされるものと“一回性”をもったものが、どちらも重要であるという点です。そういった観点から、最近の Web で“面白い”と感じたのが「StumbleUpon」というサービス。クリックをする度に、Web サイトをランダムに表示するサービスで、思いも寄らないサイトと出会えます。たとえば昔のレコードジャケットのグラフィックを集めたサイトが出てきたかと思えば、動物の画像一枚だけのサイトが出てきたりして。「誰がなんのために制作したの?」というようなものと出会えます。インターネットを初めて触った時の感動に近い感覚が味わえるのでお勧めです。

ただこのサービスも、予め自分の好きなカテゴリーを選択することができたり、飛んだ先のリンクに「好き・嫌い」という判断を残していくことができる仕組みになっています。本当にランダムだとノイズが多すぎて「見る気がしなくなってしまう」と思うのですが、裏で膨大な数のデータをキュレーションしているからこそ“また使いたくなる出会い”を生みだすことが可能になった一例だと思います。ただ仕事中にやるのは、止まらなくなるのでお勧めしませんが(笑)。

■生まれながら崩れていき、崩壊しながら生まれるもの

―本当に面白いですね。…このサービスですと、「偶然性」と「一回性」が、同時に体験できる仕組みになっているから、我々は“面白い”と感じられるんでしょうか?

生まれながら崩れていき、崩壊しながら生まれるもの
ええ。きっとそういう点もあると思います。あとは、「動的平衡」という概念も関係しているんじゃないかと個人的には考えていますね。

このサービスで得られる体験は、決して RSS リーダーのように、スタティックなものではありません。無数の出会いが、次から次へとランダムに生まれていく。そんなダイナミズムの背後で、一度触れた“世界観”と離れ、接したことで生まれた関係性はどんどんと崩れていきます。生み出しながら崩壊していく。崩れながら生み出されていく。

この状態を「動的平衡」と言い、人の細胞にも共通することなのですが、“動的平衡が保たれた状態”がインターフェイスにおいて起きると、非常に新しく興味深いことが発生してきます。このサービスを触って思い出すのは、ずいぶん昔の話になりますが「Web2.0」という言葉が流行した頃。CMS の普及により、非常に静的だったコンテンツがどんどんアップデートされるようになって、それまでは“作家のギャラリー”のようなものに過ぎなかった Web サイトが、“コミュニケーションの場”に変わった。その時に感じた、情報の「動的な変化」が同時発生したときの驚きのようなものを思い出します。

―“生まれながら崩壊していく”という考え方は、どこか脆く、切ない感じを受けます。

たしかに、こうした視点で情報を見ていくのは、東洋的な考え方と似た面があるのかもしれません。分類と定義を積み重ねていく西洋的な思想とは異質なもの。最近は、「相対性」や「間」や「儚さ」といった精神性を“最新のデジタル技術”に結びつけることで、新しく拓けていく地平もあるんじゃないかと思っています。

実は少し前に、禅僧の方と対談する機会があって。その時に話題に上がったのは“旬”という概念でした。枡野俊明さんという方なのですが、その方がおっしゃるには“旬を感じられることこそが、最高の贅沢”なんだそうです。旬というのは、別に旬の味覚を楽しむということではなくて、現在のこの瞬間を楽しんで幸せだと感じられることを指します。そして“旬”は、少し前に終わった“ナゴリ”、少し先の“ハシリ”というものから構成され、常に移り変わっていくそうです。この考え方も、非常に動的平衡という状態に近いものがあると感じられたことを、思い出しました。

―なんだか、非常に深い話になってきましたね。それにしても本当に様々なことを考えながら、WOW の皆さんはデザインに臨まれているんですね。

やはり“物を創ること”って、そういった思想や考え方を共有していくという面があると感じます。そして、そのほうがデザイナーとしても燃えるし、楽しいし、生きがいを感じられると思うんです。ですから、時流の表現を追うよりも、本来的な目標を見失わないような仕事の進め方が重要だと考えています。

もちろん、新しい技術やテクノロジーはとても大切で、様々な方法論にも興味を持っています。しかし、WOW としては技術志向のプロモーションはほとんどありません。技術は水面下では重要ですが、本質的に重要なのは「結果としてどんな世界観を生み出したのか」です。技術的に凡庸とみられる可能性があったとしても、我々としてはデザインの目標を、結果のほうにフォーカスするように心がけています。

(つづく)

記事提供:CAREER HACK