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「職」と「報酬」と「満足度」 〜 経済評論家・山崎元のビジネス羅針盤

経済評論家 山崎 元
2012年3月30日 / 10:00
 
● 業種による報酬の違い

民間サラリーマンの収入の実態について国税庁が行う調査で「民間給与実態調査」という統計がある。この平成22年版では、全国の勤労者が1年間に受け取った平均給与(賞与を含む)は約412万円だった。

この統計には詳しい内訳があり、その中の業種別の平均給与を見ると、サラリーマンが勤める業種によって給与にはかなりの差があることが分かる。

国税庁の分類で最も給与が高い業種は「電気・ガス・熱供給・水道業」の696万円であり、「金融業・保険業」の平均年収が589万円でこれに次ぐ。中間には「製造業」は459万円、「建設業」は441万円、「運輸業・郵便業」406万円などとあって、低い方の業種を見ると「卸売業・小売業」で362万円、「サービス業」が324万円、「農林水産・鉱業」309万円、最も低いところで「宿泊業・飲食サービス業」の247万円と続く。

この調査は、アルバイトも含む勤労者全体の調査だし、業種によって男女比や年齢構成も異なるので単純には較べられないが、業種によって収入にはかなりの差があることがよく分かる。

筆者の過去の経験を振り返るとしても、同じ大学・学部で似たような成績で卒業した同級生であっても、たとえば金融関係に就職した同期生とメーカーに就職した同期生とでは、30代前半くらいの時点で比較して年収に倍くらいの差がついている場合が少なくなかった(これは外資系の企業ではなく、国内資本の企業の比較だ)。近年は、企業内での個人差も拡がってきたが、もとからある業種による収入の差は相変わらず大きい。
但し、かつて就職した筆者の年代の人々も、近年就職した若い人々も将来変化はあるだろうとは思いつつも、勤める業種によって将来にわたる収入水準に大きな差があることをある程度知った上で就職を決めている。

実は、この状況は経済学者にとって説明が難しい、悩ましい現象なのだ。

そもそも同じ大学の同じくらいの成績の人同士が勤める会社によって異なる収入であるばかりか、全く同一の人物が異なる会社に勤めても年収が大きく異なるというのは、その人の労働に関して経済学でいう「一物一価の法則」が成り立っていないということだ。会社によって人材に対する評価にバラツキがあるのかも知れないし、人一人がもたらす付加価値への評価が異なるのかも知れないが、同様の人材に対して高給会社が他社と大きな差のある給与を支払う理由には謎が残る。

また、業種によってこれだけ大きな給与の差があるのに、似た能力の人が給与の劣る業種に勤める理由は、既存の経済学では上手く説明できない。金銭的な損得が重要であれば、有能な人は皆賃金の高い業種に言ってしまうのではないかと思えるが、実際には、先に書いたように同じ学校の同じくらいの成績の人が賃金の劣る業種にも多数勤めている。

たとえば、行動経済学の重鎮であるリチャード・セイラーが書いた「セイラー教授の行動経済学入門」(篠原勝訳、ダイヤモンド社)の第四章には「同じ職種なのになぜ給料に差が出るのか」と題された産業間賃金格差に関する考察の文章が載っている。ここでは主に業種の異なる企業がなぜ同じ(ような)人材に異なる賃金を払うかが論じられているが、十分納得の行く説明と実証結果がまだないことをセイラー自身が認めている。

● 起業は得か?

アメリカは一般的に「起業」が盛んなベンチャー・スピリット旺盛な国というイメージで認識されているように見えるが、アメリカの起業の実態とはどのようなものなのだろうか。

スコット・A・シェーンという学者が書いた「<起業>という幻想 アメリカンドリームの現実」(谷口功一・中野剛志・柴山桂太訳、白水社)という、アメリカの起業の実情を実証的に調べたなかなか面白い本がある。帯には、アップルコンピューターの創業当時の若き日のスティーブ・ジョブズ氏とスティーブ・ウォズニアック氏の写真が載っているが、多くのアメリカのベンチャー起業の実態は、このアップルコンピューターのような輝かしい成長物語ではない。

この本によると、アメリカの典型的なスタートアップ企業(起業された会社)の実態は以下のようなものだ。

典型的なスタートアップ企業は従業員が1人(起業家その人)で、10万ドル以下の収入しかもたらさない。

7年以上、新たなビジネスを継続させられる人は、全体の3分の1しかいない。

典型的なスタートアップ企業は、2万5千ドルの資本しか持たず、それは殆どの場合本人の貯金だ。

典型的な起業家は、ほかの人よりも長い時間労働し、誰かの下で雇われていた時よりも低い額しか稼いでいない。


つまり、ごく例外的な成長企業を除くとアメリカにあっても起業は成功率が低く、何とかビジネスを継続できる場合もサラリーマン時代よりも長時間働いてサラリーマン時代よりも低収入な場合が多い、ということなのだ。

これは、ベンチャー起業に関する夢のない現実と言わざるを得ないが、日本も他の国も状況は大同小異だろう。

自分で事業を興すことが、必要なリスクと努力を前提とした時に経済的には全く割に合わないことに関しては、かつてのイギリスの大経済学者ジョン・メイナード・ケインズも上手く説明できなかった。

彼は、事業家の積極的な活動の源を「アニマル・スピリッツ(血気)」という概念を持ちだして苦しそうに説明している。「企業活動が将来利得の正確な計算にもとづくものでないのは、南極探検の場合と大差ない」、「もし血気が衰え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待値に頼るほかわれわれにないとしたら、企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」(以上、「雇用・利子及び貨幣の一般理論(上)」、間宮陽介訳、岩波文庫、p224から)と書いている。要は、合理的損得計算では「起業」という現象が起こる理由を十分に説明できないのだ。

尚、ケインズの「一般理論」は、全体を読もうとすると難渋で、経済学部の学生でも苦労する本なのだが、この部分が載っている第12章は単独で読んでも面白い。先ずは、12章だけ読んでみることを一般ビジネスパーソンに強くお勧めする。

● お金よりも「仕事のあり方」

多くの人が、サラリーマンの場合報酬が低い産業で働き、また経済的には全く割に合わないのに起業にチャレンジするのはなぜなのだろうか。

前記の参考文献で唯一手掛かりになりそうなのは、スコット・A・シェーンがアメリカのベンチャー起業について調べた中にある次の一文だ。「新しくビジネスを始める動機のほとんどは、他人の下で働きたくないということに尽きる」とある(広範なアンケート調査の結果だ)。

起業が必ずしも上手く行かないこと、期待収入はサラリーマン時代よりもむしろ劣ることを多くの起業家が知らないと考えるのは不自然だ。ケインズの指摘する「アニマル・スピリッツ(血気)」や「楽観」も多少は影響することはあろうが、事業をはじめてみるとほどなく現実が分かるはずだ。それでも、多くの起業家は、ビジネスを継続できる限りはサラリーマン時代よりも低収入で且つ長時間の労働に自ら耐えて、それなりに満足しているから仕事を続けることが出来るのだ。

この場合、「他人の下で働きたくない」という働き方のスタイルに起因する「働く気分」が問題なのだと考えられるが、「働く気分」は、サラリーマンと起業した場合の金銭的な差(サラリーマンが勝る)や労働時間の差(サラリーマンの方が短時間労働だ)を凌駕するに足るだけ重要な要因なのだと理解するのが素直なのではないだろうか。

加えて、起業の場合、仕事として「何をやるか」に関して自分の好みを反映させることがより容易な場合が多いだろう。

一方、サラリーマンが勤務する業種による報酬の差はどう解釈したらいいだろうか。こちらの現象に関して、思い切って筆者の解釈を言うと、「職業・人生の満足度において、金銭的な報酬の果たす役割は、見かけほど決定的ではない」ということではないかと考えている。

人は、自分に与えられた環境の中で目標を持ったり満足感を覚えたりすることが出来る。もちろん、金銭的な報酬が高いことで一つには生活が改善するだろうし、もう一つにはプライドが満たされるだろうから、金銭的な報酬も満足度を構成する要素ではあるだろう。しかし、自分が好きな対象に関わっているか、自分にとって好ましい環境下(特に人間関係)で仕事をしているかとか、仕事でほどよい目的と達成感を得ることが出来ているか、といった要素のプラス・マイナスは、総合的に金銭的な報酬の差を十分に上回ることが多いということだろう。

そもそも、金銭的な動機がそんなに大切なら一流の業績を上げうるような素質を持った経済学者は、学者を職業にするのではなく(「民間給与実態調査」では年収509万円だ)、もっと高収入な職業を選んでいる筈ではないか。

仕事に関わる時間は長い。しかも、持ち時間の中でも元気があって社交的な価値もある時間を仕事に費やすことが多い。また、人間関係や、知識・興味も仕事に関連して発生するものが多い。お金の問題以上に、「自分に合った仕事」と「自分に合った働き方」を得ることの価値が相当に大きいケースがしばしばあると考えておくべきだろう。

読者には、適職を見つけ、選び、そして育てることに注力して欲しい。

【筆者紹介】
山崎 元(やまざき はじめ):経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員。58年北海道生まれ。81年東京大学経済学部卒。三菱商事、野村投信、住友信託銀行、メリルリンチ証券、山一證券、UFJ総研など12社を経て、現在、楽天証券経済研究所客員研究員、マイベンチマーク代表取締役。

※この記事は、リクルートエージェントのウェブサイト「ビジネス羅針盤」に掲載された内容をjapan.internet.com 編集部が再編集したものです。リクルートエージェントの転職支援サービスについては http://www.r-agent.co.jp/ をご覧ください。

 
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