ぺんてるのサインペン
ぺんてるのサインペン。半世紀以上続く「ブランド」だ

4月下旬、インターネット上でとある文具が話題になった。ぺんてるの「サインペン」だ。今ではどこの文具店にもある定番商品だが、発売当初日本でまるで売れなかった。ところが米国で大統領の目に止まったのが転機になったという。

サインペンのシンデレラストーリーは、次のような内容だ。1963年、まだ大日本文具という社名だったぺんてるが斬新な発明を市場に投入した。毛細管現象を利用して先端に内部のインクを少しずつしみださせ、なめらかに書き続けられる筆記具。しかも従来主流だった油性インクではなく、紙ににじみにくい水性のインクを使い、ペン先にも動物の毛ではなくアクリル繊維を使う。


研究には3年を費やしたともいい、ものづくり技術を惜しみなく投入した自信作だった。ところが日本ではさっぱり売れない。いつの時代もそうだが、メーカー側がどれだけ力を入れようと、買い手がすぐ新しいものを高く評価するとは限らないのだ。

大日本文具はしかしあきらめなかった。海外に活路を求め、米国シカゴで開催した文具の国際見本市に出展したのだ。それが功を奏した。優れた筆記具を求めるホワイトハウスの報道官の目に止まり、そこから当時のリンドン・ジョンソン大統領の手に渡った。

ジョンソン大統領は書き味を大いに気に入ったと、著名紙「Newsweek」などが報道すると、たちまち米国で人気を呼んだ。

さらに米国航空宇宙局(NASA)の有人宇宙飛行計画「ジェミニ」でも採用が決まり、1966年には実際に宇宙を旅して還ってきた。毛細管現象を利用するため、無重力下でも書くことができることなどが理由だった。

宇宙飛行士とサインペン
宇宙飛行士の肩に注目、「スペースペン」が挿してある(画像提供:ぺんてる)

海外での大流行のあおりを受け、とうとう日本でも話題となり、現在までに通算20億本を超えるロングセラーになった。

あまりによくできた話だろうか。誰でも編集できるオンライン百科事典「Wikipedia」にもっともらしく書いてあったり、自由に投稿ができる「Twitter」などでまことしやかに広まったりする伝説の類は、注意深い人なら必ず眉に唾をつけて読むところだ。

とはいえ、すでにさまざまな日本の雑誌やニュースサイトが繰り返し取り上げており、ぺんてるも自らの公式サイトに掲載したコーポレートレポートの中で、当時のできごとに触れている。サインペンについて取り上げた報道も大切に保存している。

例えば米国の広告業界誌「Advertising Age」の1964年の記事だ。「サンフランシスコ発、日本の小さな製品が、今やホワイトハウスを含む全米で名を知られるようになった」と述べている。

Advertising Ageの報道
広告専門誌「Advertising Age」によるサインペンの報道(画像提供:ぺんてる)

Twitterなどでは、サインペンの成功からさまざまな教訓を引き出している。「ものを売るためには有名人に使ってもらうのが一番」だとか「見本市に出すのが大事」だとか。

いずれにせよ、ふだん何げなく使っている文具にもそれぞれ興味深い歴史があるのだとあらためて考えさせられる。